東京高等裁判所 昭和50年(行ケ)7号 判決
一 請求の原因事実中、本願発明につき、特許出願から審決の成立に至るまでの特許庁における手続の経緯、発明の要旨及び審決の理由に関する事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、右審決の取消事由の有無について検討する。
1 取消事由1について
引用例の発明が、油の引火点及び着火点の上昇を目的としていることは当事者間に争いがない。原告は、引用例の油は潤滑油に限られるものであり、その理由は、潤滑油は溶融性を高めるために分散剤が添加され、これにより着火点が低下するので、これを回復する必要があるからであると主張するが、成立に争いのない甲第三号証(引用例)には、分散剤の添加は記載されておらず、他にこれを認めるに足りる証拠もない。そして、引用例の記載を検討すると、「本発明は石油製品のごとき炭化水素を主成分とする組成物の引火点及び着火点を上昇せしめる方法に関するものである。従来管理又は工業規格に適した適当な引火点、着火点を有する炭化水素油のごとき石油生成物はある種の添加剤の添加により著しくその引火点、着火点を低下するとされて来た。」(一頁左欄二行―八行)、「本発明の目的はかかる石油製品の引火点、着火点を添加剤の低下効果に抗して維持し、また時にはこれを上昇せしめるごとき方法を得んとするものである。」(一頁左欄一九行―二二行)の記載があり、引用例の発明は、広く炭化水素を主成分とする組成物を対象としており、かつ、そのうちの一つである炭化水素油の具体例として二頁左欄二〇行、二二行、四〇行には、それぞれ軽質油、重油、第一〇級の油を例示しており、これらの記載に、「石油生成物なる名称は油、燃料及び同等物のごとき液体炭化水素……を含む。」(三頁左欄一行―四行)の記載を併せ考えると、引用例の油は、潤滑油に限られるものではなく、また、右の重油は重量級ヂーゼル機関の燃料として使用されるものであるから、引用例の油には、本願発明で使用するヂーゼル油(ヂーゼル燃料)を含むものといわなければならない。
2 取消事由2について
(一) 取消事由2(一)について
原告の主張は、「引用例の発明」とは引用例の「特許請求の範囲」に記載された発明をいうとの前提に立つものと解されるが、審決において「引用例に記載された発明」とは、引用例(刊行物)に記載された技術を指すものと解され、引用例が特許公報である場合でも同様であり、特許公報には「特許請求の範囲」に記載された発明以外の技術が記載されていることがあるから、「特許公報に記載された発明」を、「その特許請求の範囲に記載された発明」に限るべき理由はない。
(1) 取消事由2(一)(1)について
引用例に記載のオルガノシリコン酸化物の縮合物(シリコーン)が本願発明における「燃料燃焼温度において微粉末のSio2を遊離する有機珪素化合物」に包含されること及び引用例にシリコーン添加量一〇〇ppm、一〇〇〇ppmの場合の引火点上昇度について記載があることについては当事者間に争いがない。そして、「シリコーン」はオルガノシリコン化合物の重合体から作られるものの総称であつて、引用例においては具体的化合物が特定されていないため、シリコーン添加量一〇〇ppm、一〇〇〇ppmのシリカ分を直ちには計算できないが、引用例中に望ましい化合物として例示されているメチルシリコーン化合物の重合体(一頁右欄二五行―三〇行)についてこれを計算すると、それぞれ約六〇ppm、約六〇〇ppmとなり、それらは本願発明のシリカ分七〇―三〇〇ppmの範囲内には入らない。しかしながら、引用例の記載からみて、シリコーンの添加量が一〇〇ppmと一〇〇〇ppmとの間でも多少の引火点の上昇があることは十分推認されるところであり、その一〇〇ないし一〇〇〇ppmの範囲内に入るものもあることは明らかである。
したがつて、引用例の発明におけるシリコーンの添加量は、本願発明における有機珪素化合物の添加量と同一の場合があるから、添加剤の量的割合が同一でないということはできない。
(2) 取消事由2(一)(2)について
本願発明は、その特許請求の範囲における「これらのヂーゼル機関におけるポート及びバルブの炭素質析出物による汚れの防止法」及び「船舶に用いる型の重量級ヂーゼル機関を運転することを特徴とする」との記載からみて、直接の記載はないが、原告主張のとおり、燃焼を要件とするものであることが認められる。一方、引用例の「油」に、燃料も含まれることは、前記1のとおりであつて、「燃料」は、それ自体使途あるいは使用状態を表す語句であり、燃焼させることによりその目的を達成するものであることは明らかである。
原告は、引用例の油は燃焼を要件としないから、本願発明と同一でない旨主張するところ、本願発明は燃料組成物を要件とし、それに加えるにその燃焼段階をも含めた方法の発明であるから、引用例のものを本願発明と同等としうるためには、引用例においても燃焼までが技術的内容となつていなければならない。
そして、引用例の油には本願発明で使用するヂーゼル燃料が含まれることは、前記1のとおりであり、このヂーゼル燃料を本願発明でいう船舶に用いる型の重量級ヂーゼル機関に使用することが、該燃料の自明の用途であるとの審決の認定は、原告の争わないところである。そこで、引用例の油に含まれるヂーゼル燃料をその自明の用途である船舶に用いる型の重量級ヂーゼル機関で燃焼させる場合と本願発明とを対比するならば、燃焼の点においても両者は同一であるといわざるをえない。
(3) 結局、いずれの点からみても、両者の構成が同一でないということはできない。
(二) 取消事由2(二)について
前掲甲第三号証によれば、引用例のものは汚れ防止の効果について認識していないことが認められる。しかしながら、前記のとおり、引用例のものと本願発明とは構成、すなわち、燃料の組成及びその燃焼の機関、方法が同一の範囲内のものである。そして、技術的手段については、同一の構成においては同一の効果を生ずるのが一般であり、本件においては、両者は、右のとおり、構成が同一であり、ともに同種の機関における同様の燃焼にかかるものであるから、その機関におけるポート及びバルブの炭素析出物による汚れ防止の効果も当然に差異がないというべきものであり、本願発明が引用例には認識されていないそのような効果に着目したとしても、同一の構成のこのような同一の効果の単なる指摘に特段の発明力が存したものとは認められない。したがつて、引用例のものにおいて、右効果の認識がないからといつて、別異の技術的思想のものであるということはできない。
3 以上のとおりであるから、審決には原告主張のような違法はない。
三 よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却することとする。
〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
ヂーゼル油、残留燃料油又はそれらの混合物中に微粉末のS102又は燃料燃焼温度において微粉末のS102を遊離する有機もしくは無機の珪素化合物を七〇ないし三〇〇ppmのS102分に相当する量均一に混合してなる燃料でもつて、船舶に用いる型の重量級ヂーゼル機関を運転することを特徴とするこれらのヂーゼル機関におけるポート及びバルブの炭素質析出物による汚れの防止法